園だより
2026.08.13
学び
私、園長の父は認知症初〜中期段階なのだが、最近ひとつ分かったことがある。
それは「人は誰でも安心を求めている」ということ。
父がひとたび怒り出すと、周りは、なぜ、何に対して怒っているのかも分からず、とにかくなだめたり「そんなことはしたり言ったりしてはいけない」と注意をしたりするのだが、何を言っても火に油を注ぐばかりでどんどんヒートアップしていくのでみんな困ってしまう。
そんなとき、なだめたりせず、「何が不安だったのー?」「何が嫌だったのー?」と聞くことから始めると、怒るのをいったん止めて気持ちを話してくれたりする。
もちろんいつもではないが、少なくともこちらの思い通りにしようとしたり、行動や言動を止めようとするときよりもよっぽど、スムーズにコミュニケーションが取れるようになる。
そこで気がついた。
幼稚園の子どもたちも、私の父も同じ。
そして私も、きっとあなたも同じ。
みんな、不安なんだ。
みんな、安心したいんだ。
誰も蔑まれたりなんてこと望んでいない。
みんな尊重されることを望んでいるし、誰だって大切にされたいんだ。
例えば、子どもを発達段階などでジャンル分けする。
そこで「この子は、◯◯な子だから」と決めつける。
この瞬間から、その子の姿も心も見えなくなる。
ただただ決めつけた姿を追うだけで、決めつければ決めつけるほど、どんどん見えなくなる。
同じように、認知症も、認知症だということにとらわれてしまうから、その人の本当の気持ちが分からなくなる。
知ろうとする姿勢で接することができなくなる。
いのちは、ジャンル分けなんてできない。
ただ、大切なあなたが、そこにいるだけ。
だから、ただ、大切なあなたの心に耳を当て、どうにかあなたの不安が少しでも分かりますようにと、努める。
きっと、誰にも不安な気持ちを分かってもらえないって、とっても苦しいから。
写真は、父に激しく怒鳴ってしまった後、ふとLINEを見たら、友人から「贈ります」と届いていた仏さま。
私の、自分勝手な心を見透かすように。
そして、私の手を握り、ただうなずいてくださるかのように。
どうか明日こそは、父に優しい言葉をかけることができますように。
